Back to Back 国際ウールチャレンジ大会 (歴史)

054 (優勝トロフィー)

 

———バックトゥバックウールチャレンジの歴史——–

弟7回インターナショナル・バックトゥバックウールチャレンジ
~21世紀の瞬間~

1811年、英国はバークシャーのニューバリーで、*羊に生えた毛の状態から人の着ることのできるコートをたったの1日で作ることに1,000ポンドの賞金がかけられました。(*原文=「羊の背中から人の背中に」つまり毛を刈って洋服にして人の背中に掛かるということなのでしょう。それで「バックトゥバック(背中から背中へ)」なんですね)
5,000人の人々に見守られる中、コートは13時間で仕上がりました。そのお祝いのために、毛を刈られた羊はたくさんのビールといっしょに参加者のお腹を満たしました。

今日のチャレンジの始まりは1992年、スコットランドはアバーフォイル、スコティッシュウールセンターの熱心なスピナー、リチャードスノーが甲状腺ガンになったときでした。ガン研究のための資金を集めたいという彼の願望が、180年以上前に行われていた競技、バックトゥバックチャレンジを甦らせたのです。そして、そのイベントは英国で多大な収益を生みました。それは、単に巧みなウールの普及活動のためからだけではなく、ガン研究への募金によるものも大きいものでした。

その同じ年にオーストラリアがそれに似たのコンテストを開催。それは、フットボールクラブのザ・キャッツ、ジーロング、ビクトリア、ウェストコーストイーグルス、ウェスタンオーストラリアを象徴する各チームが、そのチームのフットボールスカーフを刈ったばかりの羊毛から紡いで編む競争でした。

ウェンディデニスは、オーストラリアウールショウケースのメンバーの時に、英国ヨーク大学で行われた1994年第4回カラードシープ世界会議に参加し、その時にスコティッシュウールセンターも訪れたのです。そして、そこでこの計画が国際競技にまで発展することになったのです。

チームはシェアラー1人と羊1頭、そして7人のハンドスピナーとニッター達で 成り立ちます。タイムキーパー、審判(評価人)、コーディネイター(調整者)が各チームの競争を各チームの*開催場所で監視します。(*原文=羊毛関連の開催場所となっています。)すべてのチームは、まったく同一のルールと様式の組み合わせに従います。

1995年開会のチャレンジでは、オーストラリアの3つの州から9つのチームが集まり行われました。スコットランドとシェットランドアイルズの戦いでは、5時間57分58秒でシェットランドアイルズが勝利を納めました。スコティッシュウールセンターによって、ガン研究キャンペーンの為に、2,700ドル以上の寄付が集められました。
1996年には、22チームが参加。うち16のチームがオーストラリアの4つの州から、アメリカのチームはミシガンから、英国はスコットランド、シェットランド諸島、デヴォン、ケンブリッジからの参加でした。 そして再び、負け知らずのシェットランドが1995年に自らうち立てた記録を39分縮めました。シェットランドは次の年、その記録をさらに9分縮めます。またその翌年はカナダが最初の参加国よりも、より多いチームを加えました。

このほんの数年で、チャレンジは驚くべき勢いで発展してきました。古代から伝わる技術~羊の毛を刈り、手で紡ぎ、そして編む~という「羊の背中からスピナーの背中へ」はシンプルでダイレクトなウールの普及活動です。
「インターナショナル バック トゥ バック ウールチャレンジ」は、毎年6月北半球の夏の観光シーズン、オーストラリアの連休にあわせて行われます。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

コメントをどうぞ





(一部のHTMLタグを使うことができます。)
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>